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新展開!?昭和最大のミステリー「3億円事件」 発生直後に謎の自殺を遂げた“容疑者”少年

新展開!?昭和最大のミステリー「3億円事件」 発生直後に謎の自殺を遂げた“容疑者”少年

 

 

■昭和最大のミステリー「3億円事件」時効直前“特捜本部”が勝負をかけた取調室(上)

「あれを犯人だと思わないやつは、刑事じゃない」――。昭和史に残る迷宮事件「3億円事件」。捜査を主導した刑事にこう言わしめた“容疑者”がいた。白バイ警官の息子で、発生直後に謎の自殺を遂げた当時19歳の少年だ。少年グループを追った極秘捜査の舞台裏に光を当てる。

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愁いを帯びた切れ長の目。すっと通った鼻筋。面長で色白の顔……。かつてこれほど、数多の人間の好奇の目に晒された面相があっただろうか。昭和40年代、その人相は社会に最も強烈な印象を植え付けた。モンタージュ写真として公表された、3億円事件の実行犯の容貌である。

警察が公表したモンタージュ写真

「犯人は盗んだ車やオートバイを操り、巧みな運転でまんまと3億円を強奪した。だから私は最初から、“自動車やバイクを乗り回せて、窃盗の犯罪歴のある奴を探せ。免許の有無なんて関係ない。多摩地区に土地鑑があり、これに該当する素行不良者を徹底的に調べれば、ホシは必ず挙がる”と言い続けたんです」

事件は昭和43年(1968)12月10日に発生した。当時、警視庁刑事部捜査一課で第七係長を務め、多くの殺人事件の捜査を手がけてきた鈴木公一・元主任警部。すでに多くの同僚が鬼籍に入っている。事件から50年近い歳月を経て、重い口を開いた彼の言葉には、今もなお無念の思いが滲んでいた。

発生直後から府中警察署の特捜本部に入った彼は、すぐにある少年に着目したという。事件2日後、少年の自宅のある国分寺市を管轄する小金井警察署から、

〈傷害等の検挙歴のある少年がおり、普通自動車と自動二輪(オートバイ)の免許を持っている。父親が交通機動隊員(白バイ隊員)で、白バイにも詳しい〉

偽装白バイで現金輸送車を追跡(写真はイメージ)

という「注意報告」が特捜本部に寄せられたのだ。

■自死した少年

同じ頃、鈴木元主任警部の配下の刑事も、聞き込み捜査で同様の情報を得ていた。19歳の少年・佐伯徹(仮名)は、車やバイクの窃盗を繰り返す、立川グループという地元の不良グループのメンバーで、恐喝や傷害で何度も逮捕されていた。事件の年の9月、少年鑑別所から別の矯正施設に移送される途中、脱走。その後も、国立市内で傷害事件を起こし、逮捕状が出ていた。

「不良を探すという私の捜査方針を、捜査一課長だった浜崎仁さんは是としてくれました。そんな中で、佐伯少年が、重要参考人として浮上したわけです」(同)

12月14日、鈴木元主任警部が率いる「佐伯少年捜査班」は、少年が自宅に潜伏していると踏み、佐伯宅への張り込みを始めた。

「同じ日、私は、立川署や小金井署など、現場周辺の第八方面本部の各所轄の刑事課長を集めた会議で“逮捕状が出ているようだが、所轄はこの少年に手を出さないでほしい”と要請した。しかし、それが周知徹底されていなかったんだ」(同)

不測の事態が発生するのはこの翌日、15日のことだ。傷害容疑で逮捕状を取っていた立川警察署の刑事たちが佐伯宅を訪問してしまったのだ。この時、父親は仕事で不在。応対した母親に、刑事たちは、息子がいるかどうか尋ねた。少年の部屋からレコードをかける音が聞こえており、彼がいることは間違いない。しかし、母親は「息子はいません」と、答えている。そのまま立川署の刑事らは引き揚げた。

「父親が帰宅したその日の夜、父子が大喧嘩する声が近所で聞かれています」(元捜査一課の刑事)

そして深夜、突如、佐伯少年は青酸カリを飲み、自死を遂げてしまったのである。特捜本部の刑事たちが受けた衝撃は凄まじかった。

■現金輸送車襲撃への執着

ここで、3億円事件の犯人の鮮やかな手口を振り返っておきたい。昭和43年12月10日、降りしきる雨の中、日本信託銀行国分寺支店から東芝府中工場に向け、現金輸送車が出発したのは午前9時15分のことだった。その様子を、カローラに乗った犯人は、輸送車の前方を走る形で観察。下見通りに、いつものコースを走ることを確認すると、あらかじめ、偽装白バイを停めていた府中刑務所近くの空き地に急いだ。そこで白バイに乗り換え、輸送車を追跡。そして高い塀が続く刑務所脇の路上で、輸送車を停車させた。

「今、巣鴨署より緊急連絡が入りました。そちらの巣鴨支店長の自宅が爆破された。この車にも爆弾がしかけられているという情報があるので調べさせてもらう」

犯人はそう言って、運転手や行員ら4人を降車させ、車の下に潜り込んだ。そして発煙筒をたくや、

「あったぞ。ダイナマイトだ! 下がれ」

と叫んで、4人を退避させ、そのまま車ごと3億円を強奪したのである。午前9時21分のことだった。

シナリオ通りに事を運ぶため、犯人は伏線を張っていた。爆破話を行員らが信じ込むよう、事件直前の12月6日、同銀行支店に、〈300万円払え。従わなければ、支店長宅をダイナマイトで爆破する〉という脅迫状を送っていたのだ。

その後、犯人は事件現場から700メートル北側にある国分寺史跡の空き地に直行。そこで現金の入ったジュラルミンケースを引っ張り出し、停めてあった別のカローラに積み替えて、逃走した。ちなみにこれらのカローラやバイクはいずれも盗難車である。それから、犯人は小金井市の本町団地の駐車場に向かい、カローラを放置。現金を持ち去り、そのまま迷宮の彼方に消え去ったのである。

以後、時効までの7年間に、警視庁の威信をかけた捜査が展開された。最大時、約200人いた捜査本部では、7~8つの班が編成された。その中に、佐伯少年の死後も、彼の内偵を行う特命捜査班が維持されていた。佐伯少年が、最重要“容疑者”としてそこまで疑われたのは何故なのか。

長年、事件を追い続けてきたジャーナリストの近藤昭二氏が解説する。

「少年が亡くなった直後、小金井署の捜査員に混じって、特捜本部の刑事たちも彼の部屋に飛び込みました。実はこの時、捜査員に紛れて、現金輸送車の銀行員らも部屋に入り、少年の顔を面通しで確認しているのです。すると、4人とも“よく似ている”と言った」

特に犯人と言葉を交わした運転手は、「体全体のやせ具合がよく似ている。パーセンテージで表すと、95%。眉も生え際が似ており、90%」などと証言していた。

少年については、さらに瞠目に値する情報があった。

「立川グループの少年の仲間を洗った捜査員が、周辺から重大な証言を掴んでいました。“事件前、(佐伯)徹ら4人が、府中市の明星高校の教職員の給与を運ぶ現金輸送車を襲う計画を立てていた”というのです。明星高校は、少年が2年時に中退するまで通った母校。その後、標的が立川バスというバス会社の職員の給与に変わったことも判明した。いずれにせよ、現金輸送車襲撃の謀議ですよ。私も実際、当時の少年の恋人を探し当て、重大証言を直接、聞くことができた。“事件直前の11月、私の部屋に来た彼が、現金輸送車襲撃計画を仲間と相談していた”という話でした」(同)

少年が現金輸送車襲撃に固執していたことが窺える。

「しかも捜査員は、やはり仲間から、“事件の3カ月前、徹が『東芝か日立の現金輸送車を襲えば、1人300万円くらいにはなる』と話していた”という供述を得ていた。本人の口から3億円事件の被害者である東芝の名がターゲットとして出ていたのです」(同)

引用元:http://news.livedoor.com/article/detail/13022762/?_clicked=social_reaction

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